肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)|女性の右脇腹痛・発熱の原因は?検査・治療法

肝周囲炎とは、肝臓の表面を覆う膜(被膜)とその周囲に炎症が起こる病気です。多くの場合は、腹膜炎や骨盤内感染症などが波及して発生します。特に女性に多く見られ、性感染症であるクラミジア・トラコマチスや淋菌への感染が原因となることが知られています。特徴的な症状として、右側の肋骨の下あたり(右季肋部)の痛みが挙げられます。この痛みは深呼吸や体の動きで悪化することが多く、発熱などを伴うこともあります。早期に適切な診断と治療を行うことが重要です。

肝周囲炎(Perihepatitis)は、肝臓自体の炎症ではなく、肝臓の表面を覆う被膜やその周囲の腹膜に炎症が生じた状態を指します。比較的稀な疾患とされてきましたが、特に女性において性感染症との関連が明らかになるにつれて、その認識が広まっています。肝周囲炎の多くは、腹腔内の他の部位で起きた炎症が波及することによって引き起こされます。

フィッツ・ヒュー・カーティス症候群とは

フィッツ・ヒュー・カーティス症候群(Fitz-Hugh-Curtis syndrome: FHCS)は、女性の骨盤内炎症性疾患(Pelvic Inflammatory Disease: PID)に合併して起こる肝周囲炎のことを指します。つまり、フィッツ・ヒュー・カーティス症候群は肝周囲炎の一種であり、特に性感染症に起因する骨盤内炎症が原因で肝臓周囲に炎症が及んだ状態を特定的に表現する際に用いられます。この症候群は、1930年にフィッツ・ヒュー医師とカーティス医師によってそれぞれ独立して報告されたことからこの名前が付けられました。

FHCSは、主に性的に活動的な若い女性に多く見られます。骨盤内の生殖器(子宮、卵管、卵巣)や骨盤腹膜に炎症が起こるPIDが先行し、その炎症が腹腔内を伝わって肝臓の周囲に達することで発生します。FHCSの最も一般的な原因は、性感染症であるクラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)と淋菌(Neisseria gonorrhoeae)への感染です。これらの細菌が骨盤内で炎症を引き起こし、腹膜表面を介して上腹部へ広がり、肝臓の被膜に炎症を起こします。

FHCSの特徴的な所見として、腹腔鏡検査時に肝臓の表面と腹壁との間に「バイオリンの弦」のような線状の癒着が見られることが挙げられます。これは、炎症が治癒する過程で生じる線維化によるものです。

このように、肝周囲炎という言葉は原因を問わず肝臓周囲の炎症全般を指すのに対し、フィッツ・ヒュー・カーティス症候群は特に女性の骨盤内感染症に合併した肝周囲炎を指すことが一般的です。したがって、性感染症が原因の肝周囲炎の多くはFHCSに含まれます。

肝周囲炎の主な原因

肝周囲炎の最も一般的な原因は、細菌感染による炎症が腹腔内で広がることにあります。特に女性においては、性感染症が重要な原因となります。

クラミジア・トラコマチス感染による肝周囲炎

肝周囲炎、特にフィッツ・ヒュー・カーティス症候群の最大の原因として知られているのが、クラミジア・トラコマチスへの感染です。クラミジアは性感染症の一種であり、子宮頸管炎や卵管炎、骨盤腹膜炎といった骨盤内炎症性疾患(PID)を引き起こします。クラミジア感染は、特に女性において自覚症状が乏しい、あるいは全くない「無症状感染」が多いことが特徴です。そのため、感染に気づかないまま炎症が進行し、肝周囲炎へと波及してしまうケースが少なくありません。クラミジアによるPIDは、腹腔内を伝って容易に上腹部へと炎症を広げることがあります。

淋菌などその他の細菌感染

クラミジアと同様に、性感染症である淋菌(Neisseria gonorrhoeae)への感染も、PIDおよびそれに合併する肝周囲炎(FHCS)の原因となります。淋菌感染症も、クラミジアほどではないものの無症状の場合があり、知らず知らずのうちに炎症が進行する可能性があります。

クラミジアや淋菌以外の細菌感染が原因となることもありますが、これらは比較的稀です。例えば、大腸菌などの腸内細菌による腹腔内感染(腹膜炎や腹腔内膿瘍など)が肝臓周囲に及ぶ場合や、まれに血流を介して細菌が運ばれて肝臓周囲に炎症を起こす場合などが考えられます。

クラミジア以外の原因について

クラミジアや淋菌による性感染症が肝周囲炎の主な原因ではありますが、これら以外の原因も存在します。しかし、これらの非感染性の原因による肝周囲炎は非常に稀です。可能性としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 自己免疫性疾患: 全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫性疾患に関連して、肝臓の被膜に炎症が生じる可能性が報告されていますが、まれな病態です。
  • 悪性腫瘍の腹膜播種: 腹腔内の悪性腫瘍(例えば、卵巣がんや胃がんなど)が腹膜に広がる際に、肝臓の被膜に炎症や癒着を引き起こすことがありますが、これは厳密には「肝周囲炎」というよりも「癌性腹膜炎」に伴う症状として捉えられます。
  • 過去の腹部手術や炎症: 過去に腹部手術を受けたり、他の原因による腹腔内の炎症があったりする場合に、その結果として肝臓周囲に癒着が生じ、痛みを引き起こすことがありますが、活動性の「炎症」というよりは「後遺症」としての側面が強いです。

これらの非感染性の原因による肝周囲炎は非常に稀であり、上腹部痛を伴う肝周囲炎が疑われる場合は、まず性感染症を含む細菌感染を最も強く疑う必要があります。

骨盤内感染から肝臓周囲への波及経路

クラミジアや淋菌による骨盤内感染症(PID)が肝周囲炎を引き起こす主な経路は、以下の2つが考えられています。

  1. 腹膜伝播: 子宮や卵管、骨盤腹膜で発生した炎症が、腹腔を満たす腹膜の表面を伝わって上行し、肝臓の被膜に到達する経路です。腹腔内には少量の腹水があり、この腹水の中を細菌や炎症物質が移動して広がることで、腹腔全体に炎症が及ぶ可能性があります。肝臓は腹腔の最も上部に位置するため、腹腔全体に広がった炎症が肝臓の被膜に到達しやすいと考えられます。
  2. リンパ行性伝播: 骨盤内のリンパ管を通って細菌や炎症が上行し、横隔膜や肝臓周囲のリンパ節を経由して肝臓の被膜に到達する経路です。解剖学的に、骨盤と横隔膜、肝臓周囲にはリンパ系のつながりがあるため、この経路での波及も考えられています。特に女性の場合、骨盤臓器のリンパが横隔膜の下面や肝臓周囲に流れることが知られています。

どちらの経路で波及する場合も、骨盤内での感染・炎症が先行することが重要です。特にクラミジアは卵管内で増殖しやすく、卵管炎から腹腔内への波及を起こしやすい性質があると考えられています。

肝周囲炎の症状

肝周囲炎の症状は、炎症の程度や広がり、また原因となる基礎疾患(特に骨盤内感染症)の有無によって異なります。

初期症状と進行時の症状(右季肋部痛、発熱など)

肝周囲炎の最も特徴的で主要な症状は、右季肋部痛(みぎきろくぶつう)です。右季肋部とは、体の右側で、肋骨の下に位置する腹部の領域を指し、肝臓がある場所にあたります。この痛みは通常、突然または比較的急激に発症します。

痛みの性質としては、以下のような特徴が挙げられます。

  • 鋭い痛み: チクチクする、あるいはズキズキするような鋭い痛みであることが多いです。
  • 呼吸や動作による悪化: 深く息を吸い込んだり、咳をしたり、体を曲げたり伸ばしたり、歩いたりといった体の動きによって痛みが強くなる傾向があります。これは、炎症を起こした肝臓の被膜が、呼吸や体の動きに伴って周囲の組織(特に横隔膜や腹壁)と擦れるために生じると考えられます。
  • 放散痛: 肩や背中、特に右肩や右肩甲骨のあたりに痛みが広がる(放散する)ことがあります。これは、横隔膜周辺の神経が刺激されることによる関連痛です。
  • 痛みの持続: 痛みは比較的持続することが多く、横になっているときや痛む側を下にして寝ているときには軽減することがあります。

右季肋部痛に加えて、以下のような症状を伴うこともあります。

  • 発熱: 多くのケースで発熱を伴います。これは細菌感染による炎症反応の全身への影響です。発熱は軽度の場合から高熱まで幅があります。
  • 悪寒: 熱に伴って悪寒を感じることがあります。
  • 全身倦怠感: 体がだるい、疲労感が強いといった全身症状が現れることがあります。
  • 消化器症状: 吐き気や嘔吐を伴うことがあります。これは、炎症が消化管の動きに影響を与えたり、痛みが強い場合に起こったりするためと考えられます。食欲不振につながることもあります。

肝周囲炎が骨盤内感染症(PID)に合併して生じている場合、肝周囲炎の症状(右季肋部痛、発熱など)に加えて、PIDによる症状が見られることがあります。PIDの症状としては、以下のようなものがあります。

  • 下腹部痛: 骨盤内の炎症による痛みで、下腹部全体や下腹部の両側、または片側に痛みを感じることがあります。
  • 不正出血: 月経期間以外に出血が見られたり、月経量が変化したりすることがあります。
  • 帯下の増加・変化: おりものの量が増えたり、色やにおいが変化したりすることがあります。
  • 性交痛: 性行為時に骨盤内の痛みが悪化することがあります。
  • 排尿時痛: 膀胱や尿道にも炎症が波及した場合、排尿時に痛みを感じることがあります。

これらの症状は必ずしも全てが現れるわけではなく、症状の程度も個人差が大きいです。特にPID自体が無症状の場合、肝周囲炎の症状(右季肋部痛など)だけが前面に出ることもあります。しかし、右季肋部痛や発熱がある場合、特に性的に活動的な女性で下腹部痛なども伴う場合は、肝周囲炎(FHCS)を強く疑い、速やかに医療機関を受診することが重要です。

女性と男性で症状は異なるか

肝周囲炎の症状は、基本的に炎症が起きている部位(肝臓周囲)に関連するため、右季肋部痛や発熱といった主な症状に性別による大きな違いはありません。しかし、肝周囲炎の原因が女性に特有の骨盤内感染症(PID)に起因する場合が圧倒的に多いため、結果として症状の現れ方に性差が生じることがあります。

女性の場合、肝周囲炎(FHCS)はしばしばPIDに合併して発生します。そのため、先述のように肝周囲炎による右季肋部痛や発熱といった上腹部の症状に加え、PIDによる下腹部痛、不正出血、帯下の異常、性交痛といった骨盤内の症状を伴うことが少なくありません。これらの骨盤内の症状は女性の生殖器の構造や機能に関連するため、男性には見られない症状です。

一方、男性に肝周囲炎が起こることは極めて稀です。男性の場合に肝周囲炎が起こるとすれば、それは性感染症以外の原因による腹腔内感染や全身性の病気などが考えられます。したがって、男性の肝周囲炎では、女性のFHCSのように骨盤内感染に伴う症状(下腹部痛など)が見られることは通常ありません。症状としては、右季肋部痛や発熱といった肝周囲の炎症による症状が中心となると考えられます。

しかし、性感染症は男性にも感染します。男性の場合、クラミジアや淋菌は尿道炎や精巣上体炎、まれに前立腺炎などを引き起こしますが、これらの炎症が上腹部まで波及して肝周囲炎を引き起こすことは非常に考えにくいとされています。男性における骨盤内感染症(男性PIDに相当するもの)からFHCSが発生する可能性は、解剖学的な違いから女性に比べて極めて低いと考えられます。

したがって、肝周囲炎を考える際には、特に性的に活動的な女性における右季肋部痛は、骨盤内感染症(特にクラミジアや淋菌)に合併した肝周囲炎(FHCS)を強く疑うべき重要なサインとなります。男性で右季肋部痛がある場合は、肝周囲炎よりも他の原因(胆嚢炎、虫垂炎のイレギュラーな症状、肺の炎症など)を先に考慮することが一般的です。

肝周囲炎の診断方法

肝周囲炎、特にフィッツ・ヒュー・カーティス症候群の診断は、特徴的な症状、身体診察、検査結果を総合して行われますが、診断が難しい場合もあります。

診断のプロセス(問診、身体診察)

診断はまず詳細な問診から始まります。以下のような情報を医師に正確に伝えることが重要です。

  • 症状: 右季肋部痛の具体的な部位、痛みの性質(鋭い、ズキズキなど)、いつから始まったか、何で悪化するか(呼吸、動作など)、肩や背中への放散痛の有無。
  • 全身症状: 発熱、悪寒、全身倦怠感、吐き気、嘔吐の有無。
  • 女性の場合: 下腹部痛、不正出血、帯下の変化、性交痛、排尿時痛など、骨盤内感染症を示唆する症状の有無。
  • 既往歴: 過去に骨盤内感染症や性感染症にかかったことがあるか、腹部手術の経験があるか。
  • 性行為歴: 最近の性行為の状況、複数のパートナーの有無など、性感染症のリスクに関する情報。

次に身体診察が行われます。

  • 腹部触診: 右季肋部を押したときに痛みが強くなるかどうか(圧痛)を確認します。重症の場合は、腹膜刺激症状(腹壁が硬くなる、反跳痛など)が見られることもあります。
  • 女性の場合: 内診を行い、子宮や卵管、卵巣、骨盤腹膜に圧痛や腫れがないかを確認します。子宮頸管を動かしたときに痛みが誘発されるかどうかも重要な所見です。

問診と身体診察によって、肝周囲炎やそれに先行する骨盤内感染症が強く疑われる場合に、画像検査や血液検査などの追加検査が行われます。

血液検査による診断

肝周囲炎が疑われる場合、炎症の程度や全身状態を評価するために血液検査が行われます。

  • 白血球数: 体が感染と戦っているサインとして、白血球の数が増加していることが多いです。
  • CRP(C反応性タンパク): 体内の炎症反応を示す指標であり、肝周囲炎のような炎症性疾患では通常高値を示します。
  • 肝機能検査: 肝臓の被膜の炎症であっても、肝臓自体の機能に影響が出ることがあります。AST(GOT)、ALT(GPT)、ALP、γ-GTP、ビリルビンなどの値を確認し、肝炎や胆道系の病気との鑑別にも役立てます。ただし、肝周囲炎のみの場合、肝酵素の上昇は軽度であることが多いです。

これらの血液検査は、炎症の存在や重症度を評価する上で重要ですが、これらの検査だけで肝周囲炎と確定診断することはできません。他の腹痛を伴う疾患(胆嚢炎、虫垂炎、膵炎など)でも同様の検査異常が見られることがあるため、他の検査と組み合わせて判断します。

画像検査(超音波検査、CT検査)

肝周囲炎の診断において、画像検査は非常に重要な役割を果たします。他の腹痛の原因疾患(胆嚢炎、胆石症、虫垂炎、膵炎、腎結石など)を除外するためにも行われます。

  • 腹部超音波検査(エコー検査): 簡便で体への負担が少ない検査です。肝臓の表面の炎症による被膜の肥厚や、肝臓と周囲組織(特に腹壁や横隔膜)の間の少量の腹水や癒着像が確認できることがあります。また、胆嚢や膵臓、腎臓などの状態を確認し、これらの臓器の疾患による痛みを否定するのに役立ちます。女性の場合、経腟超音波検査で子宮や卵巣、卵管の状態を確認し、骨盤内炎症性疾患の存在を評価することも可能です。
  • CT検査(コンピュータ断層撮影): 超音波検査よりも広範囲を詳細に評価できる検査です。肝臓周囲の炎症の範囲、被膜の肥厚、少量の腹水、腹腔内のリンパ節の腫れなどをより正確に捉えることができます。また、骨盤内の炎症の広がりを確認するのにも有用です。造影剤を使用することで、炎症部位がより鮮明に描出されることがあります。CT検査は、肝周囲炎以外の重篤な腹部疾患(例えば、消化管穿孔、臓器の虚血など)の有無を調べる上でも非常に有用です。

これらの画像検査によって、肝臓周囲の炎症を示唆する所見が得られることがありますが、画像検査だけでは確定診断に至らない場合もあります。特に炎症が軽度の場合や、検査のタイミングによっては特徴的な所見が見られないこともあります。

腹腔鏡検査による確定診断

肝周囲炎、特にフィッツ・ヒュー・カーティス症候群の確定診断には、腹腔鏡検査が最も確実な方法とされています。腹腔鏡検査は、全身麻酔下で腹部に数ミリの小さな切開をいくつか入れ、そこからカメラ(腹腔鏡)や細い器具を挿入して腹腔内を直接観察する検査であり、同時に治療を行うことも可能です。

腹腔鏡検査では、肝臓の表面を直接観察することができます。肝周囲炎の場合、肝臓の被膜が赤く充血していたり、白っぽい炎症性の滲出物で覆われていたりする所見が見られます。フィッツ・ヒュー・カーティス症候群の最も特徴的な所見は、肝臓の表面と腹壁や横隔膜の間、あるいは肝臓同士の間に生じた「バイオリンの弦」のような細く白い線状の癒着です。この特徴的な癒着は、過去の炎症が治癒する過程でできた線維性の組織であり、腹腔鏡でなければ直接確認することは困難です。

腹腔鏡検査では、炎症の程度や範囲を詳細に評価できるだけでなく、必要に応じて炎症部位の組織の一部を採取して病理検査に提出したり、腹腔内の液体を採取して細菌検査を行ったりすることも可能です。これにより、診断の確実性が高まります。また、癒着が強い場合には、検査と同時に癒着を剥がす処置(剥離術)を行うこともあります。

ただし、腹腔鏡検査は侵襲的な検査であり、全身麻酔や手術に伴うリスクを伴います。そのため、通常は非侵襲的な検査(血液検査、画像検査)で診断が困難な場合や、症状が重い場合、あるいは腹腔鏡での治療も考慮される場合などに検討されます。

クラミジア検査の重要性

肝周囲炎、特にフィッツ・ヒュー・カーティス症候群が疑われる場合、原因菌を特定するためにクラミジア・トラコマチスと淋菌の検査を行うことは極めて重要です。これらの性感染症が原因である可能性が最も高いためです。

検査方法としては、主に以下のものがあります。

  • PCR法などの核酸増幅法: 子宮頸管や尿道から採取した分泌物、あるいは尿を用いた検査で、原因菌のDNAやRNAを検出します。感度・特異度が高く、最も信頼性の高い検査法です。
  • 抗体検査: 血液中のクラミジアや淋菌に対する抗体を測定する検査です。過去の感染の有無も分かりますが、活動性の感染かどうかを判断するのが難しい場合があります。

女性の場合、肝周囲炎の症状だけでなく、下腹部痛などの骨盤内感染症を示唆する症状がなくても、性的に活動的な方で肝周囲炎が疑われる場合は、子宮頸管の分泌物を用いたクラミジアおよび淋菌の核酸増幅検査を行うべきです。PID自体が無症状で進行し、肝周囲炎の症状だけが現れることがあるためです。

原因菌を特定することは、適切な抗生物質を選択し、効果的な治療を行う上で不可欠です。また、性感染症が原因であった場合は、パートナーの感染の可能性も高く、パートナーの検査と治療も同時に行うことが感染拡大を防ぎ、自身の再感染を予防するために非常に重要になります。

肝周囲炎の治療法

肝周囲炎の治療は、主に原因となっている細菌感染を取り除くための抗生物質療法が中心となります。

抗生物質による治療

肝周囲炎の最も一般的な原因がクラミジア・トラコマチスや淋菌といった細菌感染であるため、治療の主体は抗生物質療法です。原因菌が特定されている場合は、その菌に最も効果的な抗生物質が選択されます。原因菌が特定されていない場合や、複数の菌による混合感染が疑われる場合は、クラミジアと淋菌の両方、さらに他の一般的な腹腔内細菌にも効果のある広域抗生物質が使用されることが多いです。

一般的に、クラミジアや淋菌による肝周囲炎(FHCS)の治療には、以下のような種類の抗生物質が使用されます。

  • テトラサイクリン系抗生物質: ドキシサイクリンなどがよく使用されます。クラミジアに対して効果が高く、骨盤内感染症や肝周囲炎の治療ガイドラインで第一選択薬として推奨されることが多いです。通常、数週間にわたって服用します。
  • マクロライド系抗生物質: アジスロマイシンなどが使用されます。特にクラミジアに有効で、比較的短期間(例えば1回の内服など)で治療が完了する場合もありますが、FHCSのように広範囲の炎症にはより長期間の治療が必要となることもあります。
  • セファロスポリン系抗生物質: セフトリアキソンなどが使用されます。淋菌に効果が高く、特に注射薬として用いられることがあります。クラミジアにも効果があるものや、他の抗生物質と組み合わせて使用されることもあります。

治療の開始方法は、症状の重症度によって異なります。

  • 症状が比較的軽い場合: 外来で経口抗生物質を服用します。
  • 症状が重い場合(高熱、強い腹痛、吐き気・嘔吐が強いなど): 入院して点滴による抗生物質投与が行われることがあります。点滴で全身に抗生物質を迅速に行き渡らせることで、炎症を効率的に抑えることができます。症状が改善したら、経口薬に切り替えて治療を継続します。

抗生物質治療は、症状が改善した後も医師の指示された期間、最後までしっかりと続けることが非常に重要です。途中でやめてしまうと、菌が完全に死滅せず、再発したり抗生物質への耐性菌が出現したりするリスクが高まります。

治療期間と期待される効果

抗生物質による肝周囲炎の治療期間は、原因菌や症状の重症度によって異なりますが、一般的には数週間(例えば2週間以上)に及ぶことが多いです。特にクラミジアは細胞内で増殖する性質があり、完全に排除するためには比較的長期間の抗生物質投与が必要とされます。

治療を開始すると、通常は数日から1週間程度で発熱や痛みが徐々に軽減してくることが期待されます。しかし、痛みが完全に消失するまでには、炎症の程度や癒着の形成の有無によって数週間から数ヶ月かかることもあります。炎症が治癒する過程で、線維性の癒着が形成される可能性があり、この癒着が慢性的な痛みの原因となることもあります。

抗生物質治療の主な目的は、原因菌を排除し、活動性の炎症を鎮めることです。これにより、病気の進行を止め、症状を改善させ、重篤な合併症や後遺症(特に活動性炎症によるもの)を防ぐことができます。ただし、すでに形成されてしまった癒着を抗生物質だけで解消することはできません。

重要なのは、性感染症が原因である場合、患者さんだけでなく、その性行為のパートナーも同時に検査・治療を受ける必要があることです。パートナーが無症状でも感染している可能性が高く、パートナーが治療を受けない場合、患者さんが再感染してしまうリスクが非常に高まります。パートナーの治療についても必ず医師に相談しましょう。

症状を和らげる対症療法

抗生物質による原因療法と並行して、症状を和らげるための対症療法も行われます。

  • 鎮痛剤: 右季肋部痛などの痛みを軽減するために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの鎮痛剤が処方されることがあります。痛みによって日常生活に支障が出ている場合や、呼吸や動作が制限されている場合に有効です。
  • 制吐剤: 吐き気や嘔吐がある場合に、これらの症状を抑えるために使用されます。
  • 安静: 痛みが強い急性期には、安静にすることで痛みの軽減につながることがあります。

これらの対症療法は、あくまで症状を一時的に緩和するためのものであり、病気の根本原因である感染を治療するものではありません。必ず医師の指示に従って使用し、主体となる抗生物質治療を中断しないようにしましょう。

治療しても治らない場合

肝周囲炎の症状(特に痛み)が抗生物質による適切な治療を行っても改善しない、あるいは再発を繰り返す場合、いくつかの可能性が考えられます。

  1. 抗生物質が効いていない: 原因菌が特定できていない、あるいは特定された菌が使用している抗生物質に耐性を持っている可能性があります。この場合、再度細菌検査を行い、感受性のある別の抗生物質に変更する必要があります。
  2. クラミジア・淋菌以外の原因: 稀なケースですが、クラミジアや淋菌以外の細菌、あるいは非感染性の原因(自己免疫疾患など)が原因である可能性があります。この場合、改めて原因を特定するための検査を行い、それに応じた治療法を検討する必要があります。
  3. 癒着による痛み: 活動性の炎症は抗生物質で治まっても、炎症の結果生じた肝臓周囲や骨盤内の癒着が痛みの原因となっている可能性があります。癒着による痛みは抗生物質では改善しません。強い癒着があり、それが痛みの原因であると判断される場合は、腹腔鏡下での癒着剥離術が検討されることもあります。ただし、癒着剥離術を行っても痛みが完全に消失するとは限らず、再癒着のリスクもあります。
  4. 診断が間違っている: 肝周囲炎に似た症状を引き起こす他の疾患(胆嚢炎、胆石症、消化性潰瘍、膵炎、胸膜炎、肋間神経痛など)である可能性も考慮し、再度精密検査を行う必要があるかもしれません。特に右季肋部痛は様々な原因で起こりうる症状です。
  5. パートナーの未治療による再感染: 性感染症が原因の場合、パートナーが治療を受けていないと再感染を繰り返し、症状が慢性化する可能性があります。

治療しても症状が改善しない場合は、必ず再度医師に相談し、原因を詳しく調べてもらうことが重要です。漫然と同じ治療を続けるのではなく、診断や治療方針を見直す必要があるかもしれません。

再発の可能性と対策

肝周囲炎、特に性感染症に起因するフィッツ・ヒュー・カーティス症候群は、適切に治療されない場合や、原因となった性感染症が再燃・再感染した場合に再発する可能性があります。

再発を防ぐための最も重要な対策は、原因となった性感染症を完全に治療すること、そして再感染を予防することです。

  • パートナーの検査と治療: 性感染症が原因であると診断された場合、症状の有無にかかわらず、性行為のパートナーも同時に検査を受け、感染が確認された場合は治療を受けることが必須です。パートナーが治療を受けない限り、性行為によって再び感染するリスクが常に存在します。
  • 安全な性行為: クラミジアや淋菌などの性感染症は、主に性行為によって感染します。不特定多数との性行為を避けたり、コンドームを正しく使用したりといった、性感染症の予防策を講じることが再感染を防ぐ上で重要です。
  • 医師の指示に従った治療期間の遵守: 抗生物質は症状が改善しても、医師に指示された期間、最後まで服用することが重要です。自己判断で中断すると、菌が完全に死滅せず、再燃や耐性菌出現のリスクが高まります。
  • 定期的なフォローアップ: 治療後も、医師の指示に従って定期的なフォローアップ検査を受け、感染が完全に排除されたことを確認することが望ましいです。

これらの対策を講じることで、肝周囲炎の再発リスクを最小限に抑えることができます。

肝周囲炎の予後と後遺症

肝周囲炎の予後は、原因や炎症の程度、治療の開始時期によって異なります。適切に診断され、早期に治療を開始すれば、多くの場合、症状は改善し、生命予後に関わるような重篤な結果になることは稀です。しかし、炎症の程度によっては、様々な後遺症を残す可能性があります。

治療後の経過について

抗生物質による治療を開始すると、通常は数日から1週間程度で発熱や全身倦怠感などの急性期の症状が改善し始めます。右季肋部痛も徐々に和らいできますが、痛みが完全に消失するまでには時間がかかることがあります。数週間から数ヶ月にわたって軽度の痛みが続く場合もあります。これは、炎症が治癒する過程で生じる組織の変化や、すでに形成された癒着による影響と考えられます。

多くの場合、適切な治療によって原因菌は排除され、活動性の炎症は収まります。これにより、生命に関わるような状況になることは非常に稀です。しかし、完全に元の状態に戻るかどうかは個人差が大きく、炎症の程度や治療のタイミングによって異なります。

重要なのは、症状が改善したからといって自己判断で治療を中止しないことです。医師の指示に従い、定められた期間、しっかりと抗生物質を服用し続けることが、感染を完全に排除し、再発や後遺症のリスクを減らすために不可欠です。

起こりうる後遺症(癒着など)

肝周囲炎の最も重要な後遺症は、炎症が治癒する過程で生じる癒着(ゆちゃく)です。炎症を起こした組織同士(肝臓の被膜と腹壁、肝臓と横隔膜、肝臓同士など)がくっついてしまい、線維性の組織でつながった状態を癒着と言います。

フィッツ・ヒュー・カーティス症候群の腹腔鏡検査で特徴的に見られる「バイオリンの弦」のような癒着は、この後遺症の典型的な例です。癒着が生じると、以下のような影響が出る可能性があります。

  • 慢性的な腹痛: 癒着した組織が、体の動きや臓器の蠕動運動などによって引っ張られたり刺激されたりすることで、慢性的な痛みの原因となることがあります。特に右季肋部や上腹部に、引っ張られるような、あるいは重いような痛みが続くことがあります。この痛みは、急性期の炎症による痛みとは性質が異なり、抗生物質は効果がありません。
  • 消化管の通過障害: 稀ですが、癒着が消化管(特に小腸)に及んで腸を圧迫したりねじれたりすることで、通過障害(腸閉塞)を引き起こす可能性があります。ただし、肝周囲炎による癒着が単独で腸閉塞を引き起こすことは非常に稀であり、通常は他の原因による腹部手術後の癒着の方がリスクが高いです。
  • 女性における不妊: 肝周囲炎の原因の多くは骨盤内感染症(PID)に合併して生じるFHCSです。PIDは卵管に炎症を起こし、卵管の癒着や閉塞を引き起こす最も一般的な原因の一つです。卵管が癒着したり閉塞したりすると、卵子が卵管を通って子宮へ移動できなくなり、受精卵が着床できなくなるため、不妊の原因となります。肝周囲炎自体が直接不妊の原因になるわけではありませんが、その原因となったPIDが卵管の機能に深刻な影響を与える可能性があるため、FHCSを経験した女性は不妊のリスクが高まる可能性があります。
  • 異所性妊娠(子宮外妊娠)のリスク増加: 卵管の癒着や機能障害があると、受精卵が卵管の途中で止まってしまい、子宮外で着床してしまう異所性妊娠のリスクも高まります。

癒着は炎症の程度が強かったり、治療が遅れたりした場合に起こりやすいと考えられています。一度生じた癒着を完全に解消することは難しく、癒着による痛みが慢性化した場合、その管理が課題となることがあります。痛みが強い場合は、鎮痛剤の使用や、まれに癒着剥離術が検討されることもありますが、効果は確実ではなく、再癒着のリスクも伴います。

肝周囲炎の予後は良好であることが多いですが、特に女性の場合は、原因となった骨盤内感染症による生殖機能への影響も考慮する必要があり、必要に応じて婦人科でのフォローアップや不妊に関する相談も視野に入れることが大切です。

肝周囲炎が疑われる場合(医療機関への相談)

右側の肋骨の下あたり(右季肋部)に原因不明の痛みがある場合、特に発熱を伴う場合や、女性で下腹部痛、不正出血などの症状も合併している場合は、肝周囲炎を含めた様々な疾患が考えられます。これらの症状がある場合は、自己判断せずに速やかに医療機関を受診することが極めて重要です。

肝周囲炎は、早期に適切な診断と治療を開始することで、症状の改善を早め、後遺症のリスクを減らすことができます。特に性感染症が原因の場合、放置すると炎症が進行し、癒着などによる慢性的な痛みや、女性では不妊といった深刻な後遺症につながる可能性があります。

どのような症状があれば医療機関を受診すべきか?

  • 右季肋部に持続する痛みがある(特に呼吸や動作で悪化する)。
  • 痛みに伴って発熱がある。
  • 悪寒や全身倦怠感を伴う。
  • 吐き気や嘔吐がある。
  • 女性で、上記症状に加えて下腹部痛や不正出血、帯下の異常などを伴う。
  • 性感染症にかかったことがある、あるいは感染の可能性がある。

これらの症状がある場合は、ためらわずに医療機関を受診してください。「気のせいだろう」「少し様子を見よう」と放置せず、早期に医師の診察を受けることが重要です。

どの診療科を受診すれば良いか?

右季肋部痛は、肝周囲炎だけでなく、胆嚢炎、胆石症、膵炎、虫垂炎(稀な位置)、消化性潰瘍、腎結石、肺炎や胸膜炎など、様々な疾患で起こりうる症状です。そのため、まずは内科消化器内科を受診するのが一般的です。

女性で、下腹部痛や不正出血、帯下の異常など、骨盤内感染症を示唆する症状も伴う場合は、婦人科を受診することも適切です。婦人科医は骨盤内感染症の専門家であり、それに合併する肝周囲炎(FHCS)の診断・治療経験も豊富です。

救急外来を受診すべきか迷うほど痛みが強い場合や、高熱がある場合、嘔吐が止まらない場合などは、迷わず救急外来を受診してください。

医療機関では、問診、身体診察に加え、血液検査や画像検査(超音波、CTなど)が行われ、診断が進められます。特に女性の場合は、性感染症の可能性を医師に伝えることが重要であり、クラミジアや淋菌の検査も忘れずに行ってもらいましょう。性行為の状況やパートナーの有無などについても、正確に伝えることが診断と治療方針の決定に役立ちます。恥ずかしいと感じるかもしれませんが、ご自身の健康を守るために必要な情報です。

早期の診断と適切な治療は、肝周囲炎の予後を大きく左右します。症状がある場合は、必ず専門医に相談し、指示に従って治療を進めてください。

免責事項: この記事は肝周囲炎に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。ご自身の症状に関しては、必ず医師の診察を受け、適切なアドバイスと治療を受けてください。この記事の情報に基づいて行動することによって生じた損害について、当方は一切の責任を負いかねます。

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