細菌性腟炎は、多くの女性が一度は経験する可能性のある、腟内の細菌バランスの乱れによって起こる一般的な腟の不調です。「おりものの量が増えた」「いつもと違う臭いがする」といった症状で気づくことが多く、不快感や不安を感じる方も少なくありません。
しかし、正しい知識を持ち、適切な対処をすることで、改善が期待できる病気です。この記事では、細菌性腟炎の症状や原因、治療法、予防策について詳しく解説します。
ご自身の体の変化に不安を感じたら、医療機関への受診を検討するための参考にしてください。
細菌性腟炎とは?
細菌性腟炎(さいきんせいちつえん)は、腟の中に存在する細菌のバランスが崩れることによって引き起こされる炎症です。健康な女性の腟内は、主に乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)と呼ばれる善玉菌によって酸性に保たれており、この酸性環境が悪玉菌の増殖を抑え、感染から腟を守っています。
しかし、何らかの要因で乳酸桿菌が減少し、他の種類の細菌(特に嫌気性菌)が増殖することで、腟内の環境が悪化し、細菌性腟炎を発症します。
これは、外部から新たな細菌が侵入する「感染症」というよりは、もともと腟内にいる細菌の「バランスの乱れ」によって起こる状態と言えます。
細菌性腟炎の基本的な定義
細菌性腟炎は、医学的には「細菌性腟症(Bacterial Vaginosis; BV)」と呼ばれる状態とほぼ同義で扱われることが多いです。細菌性腟症は、腟内の乳酸桿菌が減少し、ガードネレラ菌などの他の細菌が増殖し、腟内のpHが上昇した状態を指します。
この状態が、おりものの変化や臭いといった症状を伴う場合に、「細菌性腟炎」と呼ばれることがあります。つまり、細菌性腟症は腟内の細菌バランスが崩れた「状態」を指し、細菌性腟炎はその状態に伴う「炎症や症状」を指す、というニュアンスの違いがありますが、診断や治療においては明確に区別されないことが一般的です。
細菌性腟炎(細菌性腟症)について、より詳しい情報は、StaySTI Free ウェブサイトの資料も参考にしてください。
細菌性腟炎と細菌性腟症の違い
前述の通り、細菌性腟炎と細菌性腟症は非常に近い概念であり、臨床現場では区別せず用いられることも少なくありません。
しかし、厳密に言えば、細菌性腟症は「細菌バランスの異常(乳酸桿菌減少と嫌気性菌増加)」という微生物学的な状態を指し、必ずしも炎症や自覚症状を伴うわけではありません。一方、細菌性腟炎は、その細菌バランスの異常によって引き起こされる「腟の炎症状態」や、それに伴うおりものや臭いといった「症状」を指すことが多いです。
約半数の細菌性腟症の患者さんは無症状であるため、症状を伴う場合を特に「細菌性腟炎」と呼ぶことで区別する場合があります。ただし、どちらの名称で呼ばれるにしても、診断基準や治療法は概ね共通しています。
細菌性腟炎とカンジダ腟炎の違い
細菌性腟炎と並んで女性によく見られる腟の炎症に、カンジダ腟炎があります。どちらもおりものの変化や不快感を伴いますが、原因菌や症状、治療法が大きく異なります。
特徴 | 細菌性腟炎(細菌性腟症) | カンジダ腟炎 |
---|---|---|
主な原因菌 | 多種類の嫌気性菌(ガードネレラ菌など) | カンジダ菌(真菌の一種) |
腟内環境 | 乳酸桿菌が減少し、pHが上昇(アルカリ性寄り) | 乳酸桿菌が存在し、pHは通常酸性(または軽度上昇) |
おりもの | 灰色がかった白色、サラサラ、量が増える | 白くポロポロしたカッテージチーズ状、ヨーグルト状 |
臭い | 魚のような生臭い臭い(特に性交後や生理中) | 特徴的な強い臭いは通常ない |
かゆみ | 比較的軽いかゆみ、またはない | 強いかゆみが典型的 |
痛み | 軽度、またはない | 腟の入り口や外陰部にヒリヒリとした痛みを伴うこと |
治療法 | 抗生物質(内服薬または腟錠) | 抗真菌薬(腟錠またはクリーム) |
性感染症 | 性行為で移る可能性はあるが、性感染症としてよりは常在菌のバランスの乱れと捉えられることが多い | 通常は性感染症ではない(常在菌の増殖) |
このように、おりものの性状や臭い、かゆみの程度などに違いが見られます。自己判断で市販薬を使用すると、原因菌が異なるために効果がないだけでなく、症状を悪化させてしまう可能性もあります。症状が出た場合は、医療機関で正確な診断を受けることが大切です。
細菌性腟炎の症状
細菌性腟炎の最も一般的な症状は、おりものの変化と臭いです。しかし、症状の現れ方には個人差があり、全く自覚症状がないケースも少なくありません。
特徴的なおりもの(色・量・臭い)
細菌性腟炎のおりものは、典型的な場合、以下のような特徴を持ちます。
- 色: 灰色がかった白色、またはクリーム色。正常なおりもの(透明や乳白色)とは異なる色調です。
- 量: 量が増えることが多いです。サラサラとした水っぽい性状になることもあります。
- 臭い: 最も特徴的な症状の一つが、魚が腐ったような、生臭い臭いです。この臭いは、性交後や生理中に強くなる傾向があります。
これは、性交によって腟内にアルカリ性の精液が入ったり、生理によって経血が腟内に溜まったりすることで、原因菌が増殖して発生するアミンという揮発性の物質が増えるためと考えられています。
おりものの「魚のような臭い」の原因
細菌性腟炎で発生する特徴的な「魚のような臭い」は、主にガードネレラ菌などの嫌気性菌が増殖する過程で産生される「ポリアミン」と呼ばれる物質が原因です。このポリアミンは、腟内のpHがアルカリ性寄りになることで揮発しやすくなり、強い臭いを放つようになります。
健康な腟内は乳酸桿菌によって酸性に保たれているため、ポリアミンが産生されても揮発しにくく、臭いは目立ちません。しかし、細菌性腟炎では乳酸桿菌が減少し、pHが上昇するため、ポリアミンが揮発しやすくなり、強い生臭い臭いとして感じられるのです。特に、アルカリ性の精液が腟内に入った性交後や、経血によって腟内のpHが上昇しやすい生理中には、この臭いがより強く感じられる傾向があります。
その他の症状(かゆみ、痛みなど)
おりものや臭いの変化以外にも、以下のような症状を伴うことがあります。
- かゆみ: 腟の入り口や外陰部に軽いかゆみを感じることがあります。ただし、カンジダ腟炎のような非常に強いかゆみが典型的ではありません。
- 痛み・不快感: 腟の奥や下腹部に軽い痛みや違和感を感じることがあります。性交時に軽い痛みや不快感を感じることもあります。
- 排尿時の違和感: まれに、排尿時に軽い痛みやしみるような感覚を覚えることがあります。
これらの症状は、細菌性腟炎以外の腟の病気や尿路感染症でも起こりうるため、症状だけで自己判断せず、医療機関で診断を受けることが重要です。
無症状の場合もある細菌性腟炎
細菌性腟炎(細菌性腟症)の約半数は、自覚症状が全くありません。おりものの変化や臭いがないため、ご自身では気づかないまま経過することがあります。特に、健康診断や婦人科での検査で偶然発見されるケースも少なくありません。
無症状であっても、放置することで他の病気のリスクを高める可能性があるため、定期的な婦人科検診は重要ですす。
細菌性腟炎の原因
細菌性腟炎は、腟内の細菌バランスが崩れることで発生します。では、具体的にどのようなメカニズムでバランスが崩れ、どのような要因が影響するのでしょうか。
なぜ細菌性腟炎になる?腟内環境のバランス
健康な女性の腟内は、非常にデリケートな生態系を保っています。この生態系の主役は、乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)です。乳酸桿菌はグリコーゲンを分解して乳酸を産生し、腟内をpH4.0〜4.5程度の弱酸性に保つ働きをしています。この酸性環境が、大腸菌やブドウ球菌などの病原菌や、もともと少量存在する嫌気性菌などの増殖を抑え、腟を感染から守っています。
細菌性腟炎は、この乳酸桿菌が減少し、代わりにガードネレラ菌やマイコプラズマ、ペプトストレプトコッカスなどの嫌気性菌と呼ばれる細菌が異常に増殖することで起こります。これにより腟内のpHが上昇し、アルカリ性寄りの環境になることで、さらに嫌気性菌が増殖しやすい悪循環が生まれます。
乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)の役割と減少
乳酸桿菌は、腟内の「番人」のような存在です。エストロゲンの働きによって腟壁に蓄えられるグリコーゲンを栄養源として増殖し、乳酸を産生して腟内を酸性に保ちます。この酸性環境下では、多くの病原菌は増殖しにくくなります。また、乳酸桿菌の中には、過酸化水素(H2O2)を産生する種類もあり、これがさらに病原菌の増殖を抑制する働きをします。
しかし、以下のような要因によって乳酸桿菌が減少し、腟内の防御機能が低下することがあります。
- ホルモンバランスの変化: 生理周期(特に生理中や生理直後)や妊娠、閉経などによるエストロゲンレベルの変化が、グリコーゲンの量や乳酸桿菌の活性に影響を与えることがあります。
- 抗生物質の使用: 全身的な抗生物質の使用は、腟内の乳酸桿菌も減少させてしまうことがあります。
- 免疫力の低下: ストレス、疲労、病気などによる全身の免疫力の低下は、腟内の抵抗力も弱める可能性があります。
乳酸桿菌が減少すると、腟内のpHバランスが崩れ、細菌性腟炎の原因となる他の細菌が増殖しやすくなります。
他の常在細菌(ガードネレラ菌など)の増殖
健康な腟内にも、乳酸桿菌以外に様々な種類の細菌が少量ながら存在しており、これらを「常在細菌叢(じょうざいさいきんそう)」と呼びます。これらの細菌の多くは普段は悪さをしませんが、乳酸桿菌が減少し腟内環境がアルカリ性寄りになると、その増殖が抑えられなくなり、異常に増え始めます。
細菌性腟炎の主な原因菌の一つとされるのが、ガードネレラ菌です。ガードネレラ菌自体は健康な女性の腟内にも少量存在することがありますが、細菌性腟炎の状態ではこの菌が著しく増加していることがしばしば確認されます。その他にも、マイコプラズマ・ホミニスやモビルンカス、ペプトストレプトコッカスなどの嫌気性菌が複合的に増殖することが、細菌性腟炎の特徴とされています。これらの嫌気性菌が、特徴的な臭いの原因となるポリアミンなどを産生します。
腟内環境のバランスを乱す要因(ストレス、疲労、洗いすぎなど)
腟内環境の繊細なバランスは、様々な日常生活の要因によって簡単に乱されてしまいます。細菌性腟炎のリスクを高める可能性のある要因としては、以下が挙げられます。
- 頻繁な性行為や新しいパートナー: 精液はアルカリ性であり、腟内を一時的にアルカリ性に傾けます。また、性行為によって外部の細菌が持ち込まれる可能性もあります。ただし、細菌性腟炎は性感染症(STI)とは異なる概念です。
- 過度な腟の洗浄(ビデなど): 腟の内部を頻繁に洗浄しすぎると、健康な腟環境を保っている乳酸桿菌まで洗い流してしまい、腟内の善玉菌と悪玉菌のバランスを崩してしまう可能性があります。
- タンポンや生理用品の長時間使用: 同じタンポンやナプキンを長時間交換せずにいると、細菌が繁殖しやすい環境を作ってしまうことがあります。
- 通気性の悪い下着や衣服: 合成繊維の下着やきつすぎる衣服は、デリケートゾーンの湿度を高め、細菌が繁殖しやすい環境を作る可能性があります。
- ストレスや疲労: ストレスや疲労は全身の免疫力を低下させ、腟内の抵抗力も弱める可能性があります。また、ホルモンバランスにも影響を与えることがあります。
- 体調不良や病気: 風邪などで体力が低下している時や、糖尿病などの全身疾患がある場合も、腟炎を起こしやすくなることがあります。
- 妊娠: 妊娠中はホルモンバランスが大きく変化し、細菌性腟炎になりやすくなると言われています。
- 喫煙: 喫煙も腟内環境に悪影響を与える可能性が指摘されています。
これらの要因が単独、または複合的に作用することで、腟内の乳酸桿菌が減少し、他の細菌が増殖して細菌性腟炎が発症すると考えられています。
細菌性腟炎の診断・検査
細菌性腟炎が疑われる症状がある場合、正確な診断のためには医療機関(主に婦人科)を受診することが不可欠です。医師は問診、内診、そして必要に応じた検査を行います。
医療機関での診断プロセス
医療機関での診断は、通常以下の流れで行われます。
- 問診: 症状(おりものの色、量、臭い、かゆみ、痛みなど)、いつから症状が出たか、性行為の状況、生理周期、既往歴(過去の腟炎、性感染症など)、現在服用している薬、アレルギーの有無などを詳しく聞かれます。正確な情報を伝えることが、診断の助けとなります。
- 内診: 腟鏡を使って腟の内部や子宮頸部の状態を観察します。おりものの性状や量、腟壁の発赤や腫れなどの炎症の兆候を確認します。この際、検査のためにおりものを採取することがあります。
- 検査: 問診と内診で細菌性腟炎が疑われる場合、診断を確定するためにおりものを使った検査を行います。
細菌性腟炎の検査内容(内診、おりもの検査など)
細菌性腟炎の診断に用いられる主な検査は以下の通りです。
- おりもの検査(細菌培養検査・顕微鏡検査): 内診時に採取したおりものを顕微鏡で観察したり、培養したりして、原因となっている細菌の種類や数を調べます。細菌性腟炎では、乳酸桿菌の減少や、ガードネレラ菌などに特徴的な「クリューセル(clue cell)」と呼ばれる細胞が観察されることがあります。
- 腟分泌物のpH測定: 腟内のpHを測定します。健康な腟は酸性ですが、細菌性腟炎ではpHが4.5以上に上昇していることが特徴的です。pHを測定できる検査薬などを用いて、簡便に確認できます。
- アミンテスト: 採取したおりものにKOH(水酸化カリウム)を加えた際に、特徴的な魚のような臭いが発生するかを確認する検査です。ポリアミンが揮発することで臭いが発生します。この検査は、細菌性腟炎に非常に特徴的な所見とされています。
これらの検査結果と問診、内診での所見を総合して、医師が診断を行います。細菌性腟炎の診断基準としては、ナイジェントスコアやアムセルクライテリアなどが国際的に用いられています。
細菌性腟炎の治療法
細菌性腟炎と診断された場合、主に抗生物質による治療が行われます。症状がある場合はもちろん、無症状であっても、妊娠中であるなど特定の状況では治療が推奨されることがあります。
病院で行われる主な治療(抗生物質など)
細菌性腟炎の治療の中心となるのは、増殖した嫌気性菌を抑えるための抗生物質です。主に以下の2つの剤形が用いられます。
細菌性腟炎の治療薬:腟錠と内服薬
剤形 | 特徴 | メリット | デメリット | 使用方法 |
---|---|---|---|---|
腟錠 | 腟内に挿入して使用する薬。局所的に作用する。 | 腟内の原因菌に直接作用するため、全身への影響(副作用など)が少ない。 | 毎日腟に挿入する手間がある。溶け出た薬やおりものが下着に付着することがある。 | 1日に1回、夜寝る前に腟の奥に挿入するのが一般的。数日~1週間程度継続。 |
内服薬 | 口から服用する薬。全身に作用する。 | 腟だけでなく、全身の感染にも効果がある場合がある。服用が簡便。 | 全身に作用するため、吐き気、下痢、腹痛などの消化器系の副作用が出やすいことがある。アルコールとの併用が禁止されている薬もある。 | 1日に1~2回、数日~1週間程度服用するのが一般的。 |
どちらの剤形が選択されるかは、患者さんの状態、症状の重さ、医師の判断によって異なります。メトロニダゾールやクリンダマイシンといった種類の抗生物質が細菌性腟炎の治療薬として広く用いられています。これらの抗生物質は、増殖した嫌気性菌を効果的に減少させることが期待できます。
注意点: 処方された抗生物質は、症状が改善しても医師の指示通りに決められた期間、全て使い切ることが非常に重要です。途中で使用を中止すると、原因菌が完全に死滅せず、再発したり、抗生物質に対する耐性ができたりする可能性があります。
また、抗生物質の使用によって、腟内の乳酸桿菌も一時的に減少し、代わりにカンジダ菌が増殖してカンジダ腟炎を発症することがあります(菌交代症)。治療中に別のかゆみなど新たな症状が出た場合は、再度医師に相談しましょう。
細菌性腟炎に市販薬は使える?
現在のところ、細菌性腟炎(細菌性腟症)に対して効果が証明されている、医療用と同等の成分を含む市販薬は限られています。市販されている腟に関する薬の多くは、カンジダ腟炎の治療薬や、かゆみ止め、洗浄剤などです。
細菌性腟炎は、原因菌が複数種類あり、また腟内のpHバランスの崩れが関わる複雑な状態です。正確な診断なしに自己判断で市販薬を使用しても、原因菌に効かないだけでなく、かえって腟内環境を悪化させたり、症状を長引かせたりする可能性があります。例えば、カンジダ腟炎の薬を使用しても、細菌性腟炎は改善しません。
症状が出た場合は、まずは医療機関を受診し、正しい診断と適切な治療薬を処方してもらうことが最も確実で安全な方法です。
ただし、腟内の善玉菌を補う目的の乳酸菌を含むサプリメントや、デリケートゾーン用の低刺激性の洗浄剤などは、予防や再発防止、日常のケアとして用いられることがありますが、これらは治療薬ではありません。
細菌性腟炎は自然に治る?
細菌性腟炎は、軽度であれば、体の免疫力や自然な腟の浄化作用によって、自然に症状が改善する可能性もゼロではありません。特に、原因となった一時的な要因(例えば、特定の性行為や生理の終わりなど)が解消されれば、腟内環境が自然に回復することもあります。
しかし、細菌性腟炎(細菌性腟症)の状態を放置することは推奨されません。無症状であっても細菌バランスの異常は存在し、放置することで、骨盤内炎症性疾患(PID)や子宮内膜炎、卵管炎といった上行性感染(細菌が子宮や卵管へ移動して引き起こす感染症)のリスクを高める可能性があります。特に妊娠中は、流産、早産、低出生体重児といったリスクが高まることが知られています。
また、症状がある場合は、不快感が続くだけでなく、他の性感染症(クラミジアなど)への感染リスクを高める可能性も指摘されています。
したがって、症状がある場合はもちろん、症状がなくても細菌性腟炎(細菌性腟症)と診断された場合は、医師の指示に従って適切な治療を受けることが重要です。自然治癒を期待して放置せず、早期に医療機関を受診しましょう。
細菌性腟炎に関するよくある疑問
細菌性腟炎に関して、患者さんからよく聞かれる疑問点について回答します。
細菌性腟炎は性病(性感染症)ですか?
細菌性腟炎は、厳密には性感染症(STI:Sexually Transmitted Infections)として分類されないことが多いです。その最大の理由は、細菌性腟炎が、外部から新たに病原体が侵入するのではなく、もともと腟内に存在する常在細菌のバランスが崩れることで起こる状態だからです。
しかし、性行為が細菌性腟炎を発症させるきっかけの一つとなることは事実です。精液が腟内を一時的にアルカリ性に傾けたり、性行為によって細菌が腟に運ばれたりすることが、腟内環境のバランスを崩す要因となり得ます。また、パートナーが多い女性の方が細菌性腟炎になりやすいという報告もあります。
このように、性行為との関連性はありますが、性病のようにパートナー間での感染を積極的に治療する必要は基本的にありません(後述)。この点が、クラミジアや淋病といった典型的な性感染症とは異なる点です。
細菌性腟炎はパートナーにうつりますか?
女性から男性へ細菌性腟炎の原因菌が感染し、男性側に症状を引き起こすことは非常に稀です。男性の尿道や生殖器の環境は女性の腟とは異なるため、原因菌が増殖しにくいと考えられています。したがって、女性が細菌性腟炎と診断されても、パートナーである男性が治療を受ける必要は基本的にありません。
ただし、男性側が細菌性腟炎の原因菌を保有している可能性はゼロではありませんが、通常は無症状です。男性が尿道炎などの症状を訴える場合は、他の原因(例えばクラミジアや淋病などの性感染症)を疑う必要があります。
夫婦やパートナーとの間で感染について不安がある場合は、医師に相談してみるのが良いでしょう。
細菌性腟炎にビオフェルミンは効果がある?
ビオフェルミンに含まれるような乳酸菌は、主に腸内環境を整えることを目的としたプロバイオティクスです。腟内環境を整えることにも乳酸菌(特にラクトバチルス属)が重要であるため、「ビオフェルミンなどの乳酸菌で細菌性腟炎が治るのではないか」と考える方もいらっしゃいます。
しかし、経口摂取した乳酸菌が、確実に大量に腟に到達し、定着して腟内環境を改善させるという科学的なエビデンスは、現時点では十分ではありません。腸まで届いたとしても、それが腟まで影響を及ぼすかは限定的と考えられています。
最近では、細菌性腟炎の予防や再発予防のために、腟内に直接挿入するタイプの乳酸菌製剤(プロバイオティクス)や、腟内環境を酸性に保つための腟洗浄剤などが開発・研究されています。これらは一定の効果が期待されていますが、細菌性腟炎そのものを治療する薬(抗生物質)の代わりにはなりません。
ビオフェルミンなどの経口プロバイオティクスが、全く無効とは言い切れませんが、細菌性腟炎の治療としては抗生物質が第一選択であり、乳酸菌製剤はあくまで補助的な役割と考えられています。治療の効果を上げるためや、再発予防のために医師から勧められる場合もありますので、気になる場合は医師に相談してみましょう。
ストレスは細菌性腟炎の原因になりますか?
はい、ストレスや疲労は細菌性腟炎の原因や悪化要因となる可能性があります。直接的に細菌を増やすわけではありませんが、ストレスや疲労は全身の免疫力を低下させます。免疫力が低下すると、腟内の乳酸桿菌のような善玉菌の働きが弱まり、相対的に他の細菌が増殖しやすくなる可能性があります。
また、強いストレスは自律神経やホルモンバランスにも影響を与えることがあり、これも腟内環境の乱れにつながる可能性があります。
心身の健康は、腟の健康にも影響します。日頃からストレスを溜め込まない、十分な休息をとるなど、体調を整えることは、細菌性腟炎の予防や再発防止にもつながると考えられます。
細菌性腟炎の予防と対策
細菌性腟炎は再発しやすい病気としても知られています。日頃の生活習慣を見直すことや、腟内環境を健康に保つケアを心がけることが、予防や再発防止につながります。
日常生活での注意点
- 適切なデリケートゾーンの洗浄: デリケートゾーンを洗う際は、刺激の少ない専用ソープを使用し、優しく洗いましょう。腟の内部までゴシゴシ洗う過度な洗浄(ビデなど)は、乳酸桿菌を洗い流してしまうため避けるべきです。外陰部を清潔に保つだけで十分です。
- 通気性の良い下着を選ぶ: 綿などの天然素材でできた、通気性の良い下着を選びましょう。化学繊維や締め付けの強い下着は、湿気を溜め込みやすく、細菌が繁殖しやすい環境を作ります。
- 生理用品の交換: タンポンやナプキンは、吸収量に関わらず、数時間おきにこまめに交換しましょう。長時間の使用は細菌の増殖を招きやすくなります。
- 排尿・排便後の拭き方: 排尿・排便後は、前から後ろに拭くようにしましょう。後ろから前に拭くと、肛門付近の細菌(大腸菌など)が腟や尿道に付着してしまうリスクがあります。
- 性行為時の注意: 性行為によって腟内環境が一時的に変化することがあります。清潔を保つことや、性行為後の適切なケア(排尿するなど)も予防につながる可能性があります。ただし、過度な洗浄は避けてください。
腟内環境を健康に保つケア
健康な腟内環境を保つためには、乳酸桿菌が十分に存在し、腟内が酸性に保たれていることが重要です。
- 全身の健康を保つ: バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動を心がけ、免疫力を維持しましょう。
- ストレス管理: ストレスや疲労は腟内環境にも影響します。リラックスできる時間を持つなど、ストレスを上手に管理しましょう。
- 乳酸菌(プロバイオティクス)の活用: 経口の乳酸菌サプリメントが腟内環境に直接的にどの程度影響するかは議論がありますが、腸内環境を整えることは全身の健康にも良い影響を与えます。また、腟に特化した乳酸菌を含むサプリメントも研究されています。医師や薬剤師に相談の上、利用を検討しても良いでしょう。
- 腟に優しいケア用品の使用: デリケートゾーン用の洗浄剤や保湿剤を使用する場合は、できるだけ低刺激で、腟内のpHバランスを乱しにくい製品を選びましょう。
細菌性腟炎の再発を防ぐには
細菌性腟炎は再発しやすい病気です。再発を防ぐためには、以下の点が重要です。
- 治療薬は最後まで使用する: 症状が消えても、医師から指示された期間は必ず治療薬を全て使い切りましょう。原因菌を完全に排除することが、再発予防の基本です。
- 上記のような日常生活の注意点や予防策を継続する: 日頃からのケアを習慣にすることが、腟内環境を良い状態に保つために不可欠です。
- 再発した場合の早期受診: もし症状が再び現れたら、我慢せずに早めに医療機関を受診しましょう。再発を繰り返す場合は、医師と相談し、再発予防のための治療法(例:長期的な低用量抗生物質の服用や、乳酸菌製剤の使用など)について検討することもできます。
細菌性腟炎を放置するとどうなる?
症状がない場合や軽度の場合でも、細菌性腟炎(細菌性腟症)の状態を放置することは推奨されません。放置することで、以下のようなリスクが高まる可能性があります。
- 上行性感染のリスク増加: 腟内の細菌が子宮、卵管、骨盤内へと広がり、「骨盤内炎症性疾患(PID)」を引き起こす可能性があります。PIDは、下腹部痛、発熱などの症状を伴い、不妊症や子宮外妊娠の原因となることがあります。
- 性感染症(STI)への感染リスク増加: 細菌性腟症があると、HIV、クラミジア、淋病などの性感染症にかかりやすくなることが報告されています。これは、腟粘膜のバリア機能が低下したり、炎症によって病原体が侵入しやすくなったりするためと考えられています。
- 妊娠中のリスク: 妊娠中に細菌性腟症がある場合、流産、早産、前期破水、低出生体重児、産後の子宮内膜炎などのリスクが高まることが知られています。妊娠を希望している方や妊娠中の場合は、無症状でも検査や治療が重要になります。
- 婦人科手術後の感染リスク: 子宮や卵巣の手術、人工妊娠中絶術などの婦人科処置を受ける際に、細菌性腟症があると術後の感染症を起こしやすくなる可能性があります。
このように、細菌性腟炎は単に不快な症状を引き起こすだけでなく、女性の生殖器の健康や妊娠に影響を及ぼす可能性があるため、適切な診断と治療を受けることが大切です。
医療機関を受診する目安
以下のような症状が見られる場合は、細菌性腟炎を含む腟の病気が疑われるため、医療機関を受診することをお勧めします。
- おりものの色、量、性状、臭いがいつもと違うと感じる
- 特に生臭い、魚のような臭いが気になる(性交後や生理中に強くなる場合など)
- 外陰部や腟にかゆみや痛みがある
- 排尿時に違和感や痛みがある
- 下腹部に痛みや不快感がある
- これらの症状が改善しない、または悪化している
また、上記のような症状がなくても、以下のような場合は検査や相談のために受診を検討しても良いでしょう。
- 細菌性腟炎を繰り返している方
- 妊娠を希望している方、または妊娠中の方
- 婦人科手術を控えている方
- 性感染症の検査を受けたい方
細菌性腟炎の症状が出たら何科を受診するべき?(婦人科など)
細菌性腟炎やその他腟のトラブルに関する症状が出た場合は、婦人科を受診するのが適切です。婦人科の医師は、女性生殖器に関する専門知識を持ち、問診、内診、必要な検査を行って正確な診断を下し、適切な治療法を提案してくれます。
もし、かかりつけの婦人科がない場合でも、地域の病院やクリニックをインターネットなどで検索し、「婦人科」を標榜している医療機関を受診してください。症状について相談しづらいと感じるかもしれませんが、婦人科医はこれらの症状に日常的に対応していますので、安心して相談しましょう。
まとめ:細菌性腟炎の不安は医療機関へ相談しましょう
細菌性腟炎は、女性の腟内に存在する常在細菌のバランスが崩れることで起こる、非常に一般的な腟の不調です。特徴的な症状として、灰色がかったおりものの増加や、魚が腐ったような生臭い臭いがありますが、約半数は無症状の場合もあります。
原因としては、ストレス、疲労、過度な腟の洗浄、性行為など、腟内環境のバランスを乱す様々な要因が考えられます。
細菌性腟炎は、カンジダ腟炎とは原因菌も症状も治療法も異なります。自己判断で市販薬を使用しても効果がないだけでなく、かえって症状を悪化させる可能性もあります。正確な診断と適切な治療のためには、医療機関(婦人科)の受診が不可欠です。
細菌性腟炎の主な治療法は、医師から処方される抗生物質(内服薬または腟錠)です。処方された薬は、症状が改善しても必ず最後まで使い切ることが重要です。放置すると、骨盤内炎症性疾患や性感染症のリスク増加、妊娠への影響など、様々な健康問題につながる可能性があるため、軽視せずに対処しましょう。
日頃から、適切なデリケートゾーンケア、通気性の良い下着の着用、生理用品のこまめな交換、ストレス・疲労の管理などを心がけることが、細菌性腟炎の予防や再発防止につながります。
もし、おりものの変化や臭い、かゆみなど、気になる症状があれば、一人で悩まずに医療機関を受診してください。専門家である医師に相談することで、不安が解消され、適切なケアを受けることができます。細菌性腟炎(細菌性腟症)に関する詳細については、StaySTI Free ウェブサイトの資料などもご参照ください。
【免責事項】
この記事で提供している情報は、一般的な知識として提供されるものであり、医学的な診断や治療に関するアドバイスを代替するものではありません。個々の健康状態や症状については、必ず医師やその他の医療専門家の診断を受けてください。この記事の情報に基づいて行った行為によって生じたいかなる結果に関しても、当方は責任を負いません。
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