うつ病は誰にでも起こりうる病気であり、診断された場合は心身を休めるために休職を余儀なくされることがあります。
しかし、休職中の収入の不安は、療養の妨げになることも少なくありません。
そうした経済的な不安を和らげ、安心して治療に専念できるようサポートしてくれるのが「傷病手当金」という制度です。
傷病手当金は、健康保険に加入している方が、業務外の病気やケガで仕事ができなくなった場合に受け取れる給付金です。
特にうつ病のような精神疾患の場合、外見からは分かりにくいため「本当に支給されるのか」「手続きはどうすればいいのか」といった不安を抱える方も少なくありません。
この記事では、うつ病で傷病手当金を受け取るための条件や、申請方法、支給される金額や期間、そして申請する上で知っておくべき注意点まで、詳しく解説します。
傷病手当金制度を正しく理解し、安心して療養生活を送るための一助となれば幸いです。
傷病手当金は、健康保険法に基づく公的な医療保険制度の一つです。
健康保険の被保険者が、病気やケガによって働くことができなくなり、会社を休んだ期間について、被保険者本人とその家族の生活を保障するために支給されます。
この制度の目的は、被保険者が病気やケガで収入を絶たれた際に、一定期間の生活費を保障し、安心して治療に専念できる環境を提供することにあります。
対象となる病気やケガは業務外のものである必要があり、うつ病もこの「業務外の病気」に含まれます。
傷病手当金は、加入している健康保険の種類(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合など)によって運営元は異なりますが、基本的な支給要件や計算方法、支給期間などは共通しています。
ただし、申請書の様式や提出方法などは、それぞれの健康保険によって異なる場合があるため、申請する際にはご自身の加入する健康保険の情報を確認することが重要です。
被扶養者(ご家族など)は傷病手当金の対象とはなりません。
対象となるのは、あくまで健康保険の被保険者本人です。
うつ病と診断され、休職した場合に傷病手当金を受給するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。
これらの条件は、病気の種類に関わらず傷病手当金に共通する基本的な要件ですが、うつ病の場合は特に「仕事に就けない状態であること」の証明が重要になります。
主な条件は以下の通りです。
傷病手当金は、業務外の病気やケガが原因で仕事に就けなくなった場合に支給されます。
うつ病の場合、その原因が業務上のものであるか、業務外のものであるかが区別されます。
この条件は、うつ病で傷病手当金を受給する上で最も重要な要素の一つです。
単に「休職している」だけではなく、「療養のため仕事に就くことができない状態(労務不能)」であると医師に判断され、その証明を得る必要があります。
傷病手当金の申請書には、主治医が病状や「労務不能と認めた期間」などを記載する欄があります。
うつ病の場合、外見からは病状が分かりにくいため、医師に自身の具体的な症状(例:強い倦怠感、集中力の低下、意欲の低下、睡眠障害、食欲不振、強い不安感、希死念慮など)が、どのように仕事に支障をきたしているのか(例:パソコン作業ができない、会議に参加できない、通勤が困難など)を正確に伝え、医師に診断書や申請書の意見書欄に適切に記載してもらうことが非常に重要です。
医師が「労務可能」と判断した場合、傷病手当金は支給されません。
医師とのコミュニケーションをしっかりと取り、ご自身の状態を正確に伝えることが、適切な証明を得るために不可欠です。
傷病手当金が支給されるためには、「待期期間」を満たす必要があります。
これは、病気やケガで仕事に就けなくなった日から連続して3日間休んだ後、さらに4日目以降も仕事に就けなかった場合に、4日目から支給が開始されるという仕組みです。
協会けんぽの説明によると、「傷病手当金は、被保険者が病気やけがのために働くことができず、会社を休んだ日が連続して3日間あったうえで、4日目以降、休んだ日に対して支給されます。」とされています(参考https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat320/sb3170/sbb31710/1950-271/)。
待期期間の3日間については、傷病手当金は支給されません。
あくまで、この待期期間を満たした後の休業期間が支給対象となります。
傷病手当金は、病気やケガで仕事に就けないことによる収入の減少を補填する制度です。
したがって、休業期間中に会社から給与が支払われている場合は、傷病手当金は支給されません。
ただし、支払われた給与の額が、これから説明する傷病手当金の支給額よりも少ない場合は、その差額が傷病手当金として支給されます。
これは、会社が独自の病気休暇制度などで給与の一部を保障しているような場合に該当します。
給与の支払いがあるかどうか、またその額が傷病手当金の額と比較してどうなるかは、傷病手当金申請書に事業主が証明する欄があり、そこで確認されます。
傷病手当金を受給するためには、申請時点で健康保険の被保険者である必要があります。
会社の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に加入している正社員や契約社員などがこれに該当します。
退職後に傷病手当金を受給することも可能ですが、そのためには「任意継続被保険者」となるか、退職日までに被保険者期間が継続して1年以上あり、退職日に傷病手当金を受給している(または受給できる状態にある)といった条件を満たす必要があります(これを「資格喪失後の継続給付」といいます)。
うつ病で休職中に退職を検討している場合は、傷病手当金の受給資格に影響があるため、事前に会社の担当者や健康保険組合に確認するようにしましょう。
心や体の不調を感じた時、「早く診断書がほしい」「できるだけ早く職場へ提出し、休職や傷病手当の手続きを進めたい」といった焦燥感に駆られる方は少なくありません。突然の不調で頭が混乱してしまい、どう動けばいいのかわからなくなるのは当然のことです。
とりわけ、これまで精神科や心療内科を受診した経験がない方の場合、どこのクリニックに相談するべきか迷ったり、診断書の取得や各種申請の具体的な進め方についても不安や戸惑いが重なります。
よりそいメンタルクリニックでは、そのような悩みを抱えた方々のために、初診からしっかりとお話を伺い、医師による適切な診察のもと、診断書が必要と判断された場合には即日発行のサポート体制を整えています。
また、当院には医療や福祉の申請手続きに詳しいスタッフが常駐しており、診断書の作成だけでなく、その後の会社や保険組合とのやり取りに関するご相談や書類手続きの具体的なアドバイスも丁寧に行っています。
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傷病手当金は、いつから支給が始まり、最長でいつまで支給されるのでしょうか。
うつ病による休職期間中の経済的な計画を立てる上で、支給期間の理解は非常に重要です。
傷病手当金の支給は、「待期期間を満了した日の翌日」から開始されます。
前述の待期期間の例で考えると、月曜日から連続3日間(月・火・水)休んで待期期間が完成した場合、支給開始日は水曜日の翌日、つまり木曜日からとなります。
申請は、実際に休んだ期間について行います。
例えば、1ヶ月単位で申請する場合は、その月の待期期間満了日の翌日から月末までの休業期間が申請対象となります。
傷病手当金が支給される期間には上限があります。
同一の病気やケガ、またはこれらに関連する病気やケガについて、支給開始日から「通算して1年6ヶ月」が最長支給期間です。
厚生労働省によると、「全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律(令和3年法律第66号)」により健康保険法等が改正され、令和4年1月1日から、傷病手当金の支給期間が通算化されました(参考https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22308.html)。
この通算化により、 休業(休んで復帰してまた休む、といった断続的な休業)でも、より長く傷病手当金の恩恵を受けられるようになりました。
うつ病の治療過程では、状態が変動し、一時的に回復して仕事に戻れても、再休職が必要になるケースも少なくありません。
このような場合に、通算化された傷病手当金は大きな支えとなります。
ただし、「同一の病気やケガ、またはこれらに関連する病気やケガ」であると判断される必要があります。
うつ病の場合、休職理由となったうつ病が再発した、あるいはうつ病が原因で他の精神疾患を併発した、といったケースは関連があると判断されることが多いですが、最終的な判断は健康保険組合等が行います。
また、1年6ヶ月の期間は、あくまで傷病手当金が「支給される可能性のある最長期間」です。
その期間内に病気が回復し仕事に復帰できた場合は、その時点で支給は終了します。
傷病手当金としていくらもらえるのかは、休職中の生活設計を立てる上で最も気になる点の一つでしょう。
傷病手当金の支給額は、被保険者の過去の給与に基づいて計算されます。
傷病手当金の1日あたりの支給額は、原則として以下の計算式で算出されます。
支給開始日以前の継続した12ヶ月間の各月の標準報酬月額を平均した額 ÷ 30日 × 2/3
ここでは、分かりやすいように標準報酬月額が一定であると仮定した簡単な例を示します。
【例】
標準報酬月額が一定であると仮定
支給開始日以前の継続した12ヶ月間、標準報酬月額が30万円だった場合
計算式に当てはめると:
(300,000円 × 12ヶ月) ÷ 12ヶ月 ÷ 30日 × 2/3
= 300,000円 ÷ 30日 × 2/3
= 10,000円 × 2/3
= 約 6,667円
この場合、1日あたりの傷病手当金は約6,667円となります。
1ヶ月(30日)休んだとすると、約20万円(6,667円 × 30日)が支給されることになります。
実際の標準報酬月額は、給与の変動などによって毎月異なります。
正確な金額を知るためには、ご自身の過去の標準報酬月額を確認する必要があります。
これは、毎年会社から渡される「健康保険料額決定通知書」や、健康保険組合等が発行する書類などで確認できます。
また、傷病手当金には税金(所得税)はかかりません。
ただし、住民税は前年の所得に対して課税されるため、休職中であっても納付義務が発生しますので注意が必要です。
傷病手当金の具体的な計算や、自身の標準報酬月額について不明な点があれば、会社の経理担当者や加入している健康保険組合・協会けんぽに問い合わせるのが確実です。
傷病手当金を受給するためには、所定の申請手続きを行う必要があります。
うつ病の場合、病状が不安定な中で手続きを進めるのは負担が大きいかもしれませんが、手順を理解しておけばスムーズに進めることができます。
一般的な申請方法と流れは以下の通りです。
傷病手当金の申請書は、ご自身が加入している健康保険の種類によって異なります。
通常、申請書はA4サイズの用紙で、被保険者本人が記載する欄、医師が記載する欄、事業主(会社)が記載する欄に分かれています。
申請書の中で最も重要なのが、医師の意見書(証明)欄です。
ここで主治医に「労務不能と認めた期間」や「病状」などを記載してもらいます。
傷病手当金の申請書には、事業主(会社)が証明する欄もあります。
ここでは、主に以下の内容が記載されます。
会社には、休業期間や給与支払い状況に関する正確な情報を記載してもらう必要があります。
会社の担当部署(人事部や総務部など)に申請書を提出し、記載をお願いしましょう。
申請書類がすべて揃ったら、提出します。
提出先は、ご自身が加入している健康保険の種類によって異なります。
通常、申請は休業した期間ごとに、1ヶ月分などをまとめて行います。
ただし、健康保険組合によっては、より短い期間での申請が可能な場合もありますので、確認しましょう。
申請書を提出した後、健康保険組合等で内容の審査が行われます。
審査にかかる期間は、提出書類の不備の有無や、健康保険組合等の事務処理状況によって異なります。
初回申請時や、医師の証明内容に不明な点がある場合などは、健康保険組合等から問い合わせがあることもあります。
問い合わせがあった場合は、迅速に対応することで、審査をスムーズに進めることができます。
申請から支給までに一定の時間がかかることを考慮し、休業に入ることが決まったら、早めに申請書の準備を始めることをお勧めします。
傷病手当金は、うつ病で休職した場合の心強い味方ですが、残念ながら条件を満たさず、支給されないケースも存在します。
どのような場合に支給されないのか、その理由を理解しておくことは、不要なトラブルを避けるためにも重要です。
前述した傷病手当金の支給要件を満たしていない場合は、当然ながら支給されません。
具体的な例としては、以下のようなケースが挙げられます。
うつ病の原因が業務上のものであると判断された場合は、労災保険の対象となります。
労災保険から「休業(補償)給付」が支給されることになり、この場合、健康保険からの傷病手当金は支給されません。
労災保険の休業(補償)給付は、原則として休業4日目から支給され、その額は給与の約8割(給付金と特別支給金の合計)です。
これは傷病手当金(給与の約3分の2)よりも手厚い給付となる場合が多いです。
もし、ご自身のうつ病が仕事によるストレスなどが原因かもしれないと感じている場合は、安易に傷病手当金として申請するのではなく、まずは会社や労働基準監督署に相談し、労災保険の対象となる可能性がないか確認することが重要です。
誤って傷病手当金を受給してしまった後に労災が認められた場合、傷病手当金を返還する必要が出てくることがあります。
申請書類の記載内容に不備があった場合は、健康保険組合等から確認の連絡が入ったり、書類の再提出を求められたりすることで、審査が遅れる原因となります。
また、事実と異なる内容を記載する「虚偽の申請」を行った場合は、不正受給となります。
例えば、実際には仕事ができる状態であるにも関わらず「労務不能」として申請したり、他の制度から給付を受けていることを隠して申請したりする行為は、不正受給にあたります。
不正受給が発覚した場合、支給された傷病手当金の全額返還を求められるだけでなく、不正に受給した額の2倍の金額(合計3倍)を追徴金として支払わなければならない場合があります。
また、悪質なケースでは詐欺罪として立件される可能性もあります。
傷病手当金は公的な制度であり、正直に申請することが大原則です。
分からない点や不安な点があれば、必ず健康保険組合や会社の担当者に確認するようにしましょう。
うつ病で休職した場合、傷病手当金以外にも利用できる公的な支援制度があります。
これらの制度を組み合わせて利用することで、経済的な負担をさらに軽減し、安心して治療に専念することができます。
自立支援医療制度は、心身の障害や特定の疾患を持つ方が、医療費の自己負担額を軽減するための制度です。
うつ病を含む精神疾患の治療についてもこの制度の対象となり、通院による医療費(診察、薬代、デイケアなど)の自己負担額が原則1割に軽減されます。
大阪市の情報では、「自立支援医療(精神通院医療)制度は一定以上の症状を有する精神疾患の治療のため通院医療が必要な方に対して、医療費の支給認定を行い、医療費の自己負担額を軽減するための公費負担医療制度です。」と説明されています(参考https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000005863.html)。
自立支援医療制度は、傷病手当金とは異なり、所得に応じて自己負担額の上限額が設定されています。
これにより、医療費が高額になった場合でも家計への影響を抑えることができます。
うつ病で通院治療を受けている場合は、ぜひ利用を検討しましょう。
障害年金は、病気やケガによって生活や仕事に支障が出ている方に対し、国から支給される年金です。
うつ病も、その状態が一定の障害等級に該当すると認められれば、障害年金の対象となる可能性があります。
障害等級 | 状態の目安 |
---|---|
1級 | 身の回りのことも含めて、ほとんどのことが一人でできない状態。 |
2級 | 日常生活に著しい制限があり、働くことが困難な状態。 |
3級 | 働くことに著しい制限がある状態。(厚生年金加入者のみ対象) |
うつ病で休職中や、復職しても働く時間に制限がある、短時間勤務しかできないといった場合でも、障害年金を受給できる可能性があります。
障害年金は、傷病手当金の支給期間(最長1年6ヶ月)を超えても、障害状態が継続する限り受給できる可能性がある制度です。
ただし、申請手続きが複雑なため、社会保険労務士などの専門家に相談することも検討すると良いでしょう。
上記以外にも、うつ病による休職やそれに伴う経済的な困難に対して、利用できる可能性のある制度がいくつかあります。
国からの「うつ病に関する直接的な補助金」という制度は一般的ではありませんが、以下の社会保障制度や福祉制度が、結果として経済的な支援となります。
これらの制度は、ご自身の状況や自治体によって利用条件などが異なります。
利用を検討する際は、各制度の担当窓口(年金事務所、市区町村役場、ハローワークなど)に相談し、詳細な情報を確認することが重要です。
これらの制度を賢く利用することで、うつ病の治療に専念し、社会復帰に向けたステップを踏み出しやすくなります。
うつ病による休職は、心身の回復に専念するために必要な期間ですが、収入が途絶えることによる経済的な不安はつきものです。
傷病手当金は、このような状況にある方の生活を支えるための重要な公的制度です。
傷病手当金を受給するためには、健康保険の被保険者であること、業務外の病気であること、医師に労務不能と証明されること、連続する3日間の待期期間を満たすこと、休業期間中に給与が支払われない(または傷病手当金より少ない)こと、といった条件を満たす必要があります。
特にうつ病の場合は、医師に自身の症状を正確に伝え、「労務不能」であることの証明を適切に記載してもらうことがスムーズな申請のために重要です。
支給される金額は、過去1年間の平均給与の約3分の2で、支給期間は同一の病気について通算して1年6ヶ月が上限です。
法改正により通算化されたことで、断続的な休職でも制度を利用しやすくなりました。
申請は、健康保険組合等から申請書を入手し、被保険者本人、医師、事業主がそれぞれ必要事項を記載した後、健康保険組合等に提出するという流れで進めます。
申請から支給までには一定の時間がかかるため、早めに準備を始めることをお勧めします。
もし、申請手続きについて不安がある場合や、ご自身のケースで支給条件を満たすかどうかが不明な場合は、一人で抱え込まずに専門家や関係機関に相談しましょう。
傷病手当金は、うつ病の治療と社会復帰を支える大切な制度です。
制度を正しく理解し、必要に応じて活用することで、経済的な心配を軽減し、安心して療養に専念できる環境を整えましょう。
免責事項
本記事で提供する情報は、一般的な傷病手当金制度に関する解説であり、個別のケースに関する判断や申請手続きの詳細については、必ずご自身が加入している健康保険組合または協会けんぽ、および会社の担当部署にご確認ください。
法改正などにより制度内容が変更される可能性もあります。
本記事の内容に基づいて発生したいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。
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